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2016年9月 3日 (土)

生存報告がてらトリでも

ご無沙汰です。更新止まりすぎでした。すみません。いろいろあって、いつの間にやら9月ですね・・。おかげさまでそこそこ元気にやっています。

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ヨシゴイ Yellow Bittern

思えば、このブログをまじめに更新していたのは学生の頃ですが、もはや日常生活はいい意味でも悪い意味でも、変わり果てた。


でも、こうやって記事を書いていると、確かに私は悩みながらも一生懸命学生時代を過ごしていたのだな、と思う。大して考えもせず、行動も起こさず、今と全く変わらないが、勉学は人並み以上に取り組んでいたし、日々しっかり生きていた。おそらく現在の自分にも繋がっているのだろうし、それは実感している。好きなことをこうして深めることができた、実に尊く貴重な時間だった。二度と戻れはしないが。



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ハシボソミズナギドリ Short-tailed Shearwater


いま、また自分を見つめなおすタイミング。苦しいことだし、いつになっても変わらない己に辟易する毎日だが、やっとまともな人間として歩み始める準備ができたのだなと捉えることにした。



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アオバズク Northern Boobook


そろそろ身体がいうことを聞かなくなる年齢も見えてきましたが、常にアンテナを張って、頭を回転させながら、一人の生き物屋としてフィールドに出ています。




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オオメダイチドリ Greater Sand Plover


懐かしい場所にも行き、時の流れや、変わらぬものを見てきた。やりたい放題だった学生時代だが、あれはあれでなかなかよかったのかもなあ、と多少ほろ苦い思いも抱いた。




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コノハズク Oriental Scops Owl



前が全く見えなかった過去の自分を懐かしんだが、結局は今も同じじゃないかと開き直ることも多い。だが、確実に今のほうが進歩はしている。それだけでも、まあ生きている意味はあるかな。。



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ヒマラヤハゲワシ Himalayan Griffon


自分の好きなこと、渇望していることも、実現できた。すべてが揃わないと、実現まではこぎつけないし、そういったときに自分は一人ではないと改めてよくわかったりする。



そんなわけで、今年の夏はちょっとばかり過去の自分をなぞる旅をいくつかしてきた。そのときの写真も上にいくつか。珍しく鳥だけ。5年の時を経て、カメラを新調したので、サクサク・じっくり撮れるようになりました。

しかし、最近のカメラ・レンズ事情は進化をとどまるところを知らず、もう嫌になってしまうほどだ。こんな世の中で、双眼鏡と望遠鏡のみで勝負し、猫背になりながらひたすら望遠鏡にかじりつくような、昔気質で、静かだが熱い情熱を持った、ちょっと不器用な鳥屋ってほんといなくなるのではないかと、思ったり。昔の自分を押し付けるのもどうかと思うが、少しさみしいかもしれない。


一瞬を切り取って、決定的な証拠をクールな感じで提示して、いくつかポイントを挙げて同定する、というのはいかにも現代的だなと思う。でも、私は写真一枚では写しきれないような、その種の持つ一種のオーラを即座に感じ取ってこそ、「語れる」レベルなのではと感じる。いわゆるジズというのは、数えきれないような細かな要素が形作るものであって、こういうのは人間の脳でないと今のところ処理できない。これを鍛えるためにはいろんな感覚を使って訓練しないと無理だ。


あまりにも機械に頼りすぎてないか?と、そこそこ鳥見てる若い人が集まっている場で思うことがたまにある。まあ、人それぞれだとは思いますが。


久しぶりに更新と思ったら、いらんことくっちゃべって・・。これだからおっさんは(;;;´Д`)

おっさんはとりあえず自分のことをコントロールするようにします。。ちゃんと生きよう。



















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コメント

いやはや素晴らしい記事だね、お久しぶりです。
やはり昔から生き物やってる人は、しっかりとした価値観を持って関わっているね。


良くも悪くも技術は進歩して、情報は簡易的かつ多面的に得られるようになった今では、鳥屋の在り方ってのは変わっているんだろうね。
特に若い人なんかは、周りがそうなっていれば「そういうもんなんだ」って思っちゃうだろうし。
まぁ別にそれが悪いわけではないと思うけど。

ただ良し悪しは別として、個人的には鳥屋というよりも“ライファー屋”な方が多いように感じる。
希少種や迷鳥のわずかに見えた同定ポイントを写真に収め、「よし、初見ゲット、次に行こう」みたいな感覚がよくわからないのよね。
その生き物を見たいという欲求の根本が何なのかって話なんだけど、そういう人ってスタンプラリーのスタンプを押したいっていう願望に近いのかな。
あとはポケモン図鑑的な感覚とか。


ひたきさんみたく、なぞる旅だったりQOL(Quality of Lifer)を大切にしたりっていう発想はなかなか少なくなっているだろうし、でもそういう関わり方ってすごく素敵だなと思うわけです、ボクなんかは。
こういう記事を読んでいるとハッとさせられることもあるし、改めて自分の生き物観を見つめ直す機会になります。
面白い記事だったので思わず長文になってしまった、申し訳ない。
今後も配信期待しております。

おひさしぶりです!コメントいただき、ありがとうございます!私からコメントせずに恐縮ですが、ランや海外など変わらず精力的にフィールド出られてるようで、記事を楽しく拝見させていただいています。私も最近は花目的の探索も増えてますよ。ランは十分には探しに行けてませんが。

お褒めいただき、ありがとうございます(゚ー゚;好き勝手書き散らかしただけなんですが。。いい場所に住んでますが、めっきり同世代の生き物屋さんと接触する機会が減ってしまったもので、すこしイイタイコト溜まってまして(笑)

鳥っていうのはなかなか難しいもんですね。人それぞれ向き合い方は違うと思いますが、ほかの生き物屋さんと比較しても社会の変化により影響は受けやすいとは思います。見聞きするだけのことがほとんどですし。世界的にもマニアな人は、コレクション的な楽しみ方がメジャーといえばメジャーです。課金したり、アイテム(図鑑や音源、観察レポート)漁ったり、ほんとにゲームです。BirderやBirdingって言い方ですね。写真にこだわらないひともいれば、写真におさめるひともいるわけですが。かくいう私もKeen Birder(キチガイ鳥屋)だと自覚してますけど・・。

ただ、おんなじゲームでも、最初から課金したり攻略本みたいの漁るよりは、とりあえずやみくもに自分一人でやってみるほうが面白いですし、のちのちゲーマーとして力量や味は出ますよね。

登山でも写真でもなんでもそうですが、情報過多・技術が進んだ現代特有の弊害はよく感じます。歳取ってるとか最早関係ないので、昔からやってる人間がなんやかんや言うしかない気はします。心や感覚は一番大事だと思いますが、こればかりは簡単には発達しませんから、じっくり、よく考えて、向き合い、楽しみ、愛する姿勢はいつの時代でも必要なわけで。

なんか久しぶりに呑みたいですね!あ、ブログは細々と書き続けますので、末永くよろしくお願いいたします。

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